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日常の由無し事を書きつくっています。
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    田舎で一人、中小企業で、システム管理をしているはずが、いくつかの僥倖もあって、ちょっとポジションが変わったことだけ付け加えておく。格別の特徴は無いが、体型は完全なメタボリック体型である。近頃、とみに体重が増えた。また、歳を重ねる毎にアレルゲンが増してもいる。

    学生時代から、バイトも含めて、随分と様々の職種をこなしてきたが、偶然にもシステム屋をしている。向き不向きでいうとそれほど向いているとは思わないが、それでも食い扶持を稼ぐためにはしかたがない話なのかも知れない。

    結婚をした経験があり、独り身であったが、こんなメタボなバツありのところに遠いところからわざわざ嫁に来てくれる奇特な女性があった。よって、独り身では無くなった。二人身である。二人分の食い扶持のために働き続ける所存。止まらぬ汽車はまだまだ進むのである。

    更に、娘まで授かってしまったので三人で暮らしている。家族となった。元来子供好きだったが、半ば諦めていたのでこれもまた僥倖である。家人には頭が上がらない。
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    母が病を得た。と言っても、風邪でもなければ、完治の期待度が大きい病気でもない。癌である。癌というのは、正確には悪性新生物といってうんぬんという話は別の話なので良い。

    母の病について勉強してみた。色々なものを読んだ。聞いた。調べた。それでも、私は医者ではない。医療関係者でもない。何もすることは出来ない。医療行為は医師にだけ許された行為であって、私には許されない。

    当然、付け焼き刃の勉強で人の命をとやかくすることは出来ない。長く勉強してきた医師に頼むしか無いというのが正直なところではあるのだから、良い医師に診てもらいたいというのは誰もが願うことではあるが、それすら、患者が最初から選びとることは難しい。まさに、運であるといってよい。

    その運はその後にも大事なことだと見える。母は今のところ、それなりの効果ある治療を受けることが出来ている。何よりのことであると言わねばならない。初回に掛かった開業医の先生もすぐに紹介状をしたためて下すった。そして、掛かった大学病院でも、診察即入院ということで素早い処置を取ってくださった。

    お陰で母は命を繋ぐことができた。すべては運だったと思える。

    医者は今ではインフォームド・コンセントを前以上に求められる。昔はムンテラと言っていたように思うが、今はやもすれば強引になってしまうかも知れない医者の話をそれでは良くないという医療関係者による改善の結果、「十全な説明」と「患者自身による選択」という二つを解決する為に説明をされる機会が設けられるし、患者側から説明を求めた時にはそれに答える事は必要なことであるという認識を持っておられる医師が多いようだ。

    あくまで、これらは私の印象であって、私がいかに専門医のガイドラインを読み、用語の解説を読んだ所で、医師からの説明よりも血縁の私の説明のほうが母にも入るのではないということでもあるし、ちゃんと本を読んだり、学習したり、知ろうとしていることを表明することで、担当していただく関係者の方々に前向きに話をしてもらえないだろうかという願いを込めて、勉強を続けた。

    病院の評判にも当然詳しくなった。何処の病院ではこのような治療をした実績がある。あるいは、この病院はある治療に強い先生が居る。そのような話はネットにも沢山転がっているし、医学専門誌を読めば、その論文の執筆者の所在は書いてあるので分かることでもある。

    意味はわからなくとも、読めるだけ、アラビア語を学習するよりは可能性のある勉強でもある。そういったことで、母にも納得してもらえるだけの私なりの説明はすることが出来たし、同意書の提出を求められた時や治療についての説明を受けた時にも補足説明をすることが出来たりということであった。「十全な説明」=「十全な納得」ではありえない。説明と納得はイコールになってほしいものであるが、それがイコールになるかは双方の歩み寄り方によって決まるものであって、そのようなものが「医者と患者」という関係性があるにせよ。付き合いの長いわけではない人から説明されるだけで十全になることは難しいのではないかと思える。

    また、医師にも断定することは簡単ではない。100%確実に治す事のできる治療法が確立している病であればそれは可能かもしれないが、癌にせよ、その他の疾病にしても、どのような方向に物事が進むかは、殆どの場合、統計的な確率論でしか論じることが出来ない。あるいは、経験則による優位しか語ることが出来ない。様々な検査をした結果、病期が末期に分類されるがん患者が病を克服した例が皆無であるか?と言われたら、皆無ではないはずである。ただ、確率として、10人のうち8人がそれを原因にするか、あるいは、それを原因にした結果の病の合併症によって不自由を被る、あるいは、命を落とすことになる。ということを説明出来るだけではある。俗にいう盲腸(急性虫垂炎)のようなポピュラーな疾病であっても、それが原因の合併症で命を落とすこともあるわけで、そうそう簡単なものでもない。

    結局、様々なことがあって(ある医療機関の対応の遅れなど)、メスを入れないことを本人が決めた。母の息子として40年近くになる。その性格についてはそれなり知悉しているので、そう決めた以上は我々には特に言うべきことはない。母を応援するという事にはなる。また、応援といっても、頑張れということをいうのではなく、日頃の生活が本人が納得する形に戻れるように応援するということである。もう、三ヶ月ほど入院しているから、一時退院を求められる時期でもあるだろうけれど、自宅でもない病院のベットで他人と一緒に寝泊まりするというのは十分なストレスだろうし、様々な投薬を受けるなどの状況を考えても、十分に頑張っているわけであり、加えて、家族の協力があって、今、なんとかそこまで来たことにも感謝しており、私としては淡々と環境を整えつつ、勉強を続ける以外にない。

    何よりも今回のことで、方針を最後に本人が決められたことが最良のことであったと思っている。その手伝いをするための三ヶ月であったと今になって納得をしている。

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