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日常の由無し事を書きつくっています。
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    HN:
    filemente
    性別:
    男性
    職業:
    シス管/パチプロ
    自己紹介:
    田舎で一人、中小企業で、システム管理をしているはずが、いくつかの僥倖もあって、ちょっとポジションが変わったことだけ付け加えておく。格別の特徴は無いが、体型は完全なメタボリック体型である。近頃、とみに体重が増えた。また、歳を重ねる毎にアレルゲンが増してもいる。

    学生時代から、バイトも含めて、随分と様々の職種をこなしてきたが、偶然にもシステム屋をしている。向き不向きでいうとそれほど向いているとは思わないが、それでも食い扶持を稼ぐためにはしかたがない話なのかも知れない。

    結婚をした経験があり、独り身であったが、こんなメタボなバツありのところに遠いところからわざわざ嫁に来てくれる奇特な女性があった。よって、独り身では無くなった。二人身である。二人分の食い扶持のために働き続ける所存。止まらぬ汽車はまだまだ進むのである。

    更に、娘まで授かってしまったので三人で暮らしている。家族となった。元来子供好きだったが、半ば諦めていたのでこれもまた僥倖である。家人には頭が上がらない。
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    転職しようとしているということを広めに表明した。というのは、別にそれによって、何かの副次的な効果を狙ってのことではない。ただ、自分自身の年齢とか、経験というものを考えた時に、それなりの苦労は有るだろうということは自明であった。10月の末に自分自身の誕生日を迎えた。不惑ということになった。私は孔子のような大人ではないので、到底「惑わず」などという境地に達しておらず、毎日「惑いまくって」居るわけで、惑いまくっている40代を自分の企業に迎えようというのは、ある意味「酔狂」なことではないかと思わないでもなかった。

    ここに、若手との大きな差があって、20代を育てて、使える30代とし、その後の自発的な成長をもって、企業の力とする。そんな考えがある。しかし、40代となれば、育てるというよりも「やってきたこと」と「やれること」を問われると言って良い。実績の一つや二つはあって当たり前で、40代になって、勤め先でそれなりのポジションにも付いておらず、周りの同業他社に名前も知られておらず、あるいは、外部的な実績がゼロなどということになれば、それは厳しい状況になるとは思うが、自分自身を棚卸しした結果、今の勤め先での実績はそれなりであったし、早くから管理部門に関わってきたお陰で、何処の企業にも必要なスキルはそれなりに身に付けていた。

    というわけで、自分自身を「棚卸し」してみた。一般的に言う所の履歴書と職務経歴書を書いて、所持している資格等についても記入した。細かく書けばキリがないところなので、代表的なものだけを書いておいた。それを幾つかの転職サイトと転職エージェントに登録した。広告メールに混ざって、スカウトであるとか、エージェントからの紹介案件が毎日届く。全て目を通して、書ける限りは記入して返事をしている。幾つかの企業からオファーを受けた。面談日の設定を申し入れられている。

    今回は家人の実家の近くの関東方面をメインに探している関係で、何しろ、遠方である。特に、交通費を下さいとは思わないのであるが、エージェントは「交通費の支給はありません」と毎回断ってくる。私などより上級な転職者については企業側が交通費も当然支給して、お出で頂くということなのかもしれないが、私のような田舎の山猿が間違って、彷徨い出るだけのことに交通費まで貰おうとは思わない。また、私の勝手で面談日を設定していることでも有るので、そこまでは言えないとも思っている。

    書類の段階で、私自身が気になっている企業にしか、オファーを出していないし、それで断られた企業も有る。その中で、面談を設定してくれた企業に対しては、面談で十分なお話をして、私自身の評価を行って、採否を検討してもらえるだろうし、私自身も自分の思うところを持って、相手の企業が大事にしている部分について、見せてもらえればと思っている。

    面談をする側としてはそれなりに長くなったが、自分自身の面談は本当に久しぶりで、何やら、ワクワク感すらあって、久しぶりの気持ちで新鮮だなあと思っている所なのである。

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    朝の支度の時間の話である。今日の支度時間はいつもと比べて用意が早かった。

    「6歳のおねえちゃんやけんね!」(6歳のおねえちゃんだからね!)

    だそうである。そう、娘が6歳になった。産まれたその日のことを毎年振り返る。それはまだ、娘が産まれてからよりも、私と家人の人生が長く続いていて、その総量が振り返ることができる容量であるからであって、恐らくはあと10年もしたら、振り返る事ができるのは、もう少し後までになってしまうことだろう。

    その6歳のおねえちゃんは今のところは一人っ子である。同年の友達には兄弟姉妹が居る子も多い。そういうわけで、妹が欲しかったり、弟が欲しかったり、色々であり、保育園では下の子の面倒をみたいらしい。こればかりは縁があって、我々の所に来てくれるわけで、願いが叶うかどうかは私と家人だけでは決まらないことでも有るのだが。

    近頃、急激に学習が進んで、平仮名と片仮名と一部の漢字を読むことが出来るようになった。書く方はまだまだではあるが。数と数字については100までは使えることになった。ただ、桁上りの理解についてはまだ薄い。10進数と60進数という不便な違いがあるため、数と時間の理解に少々時間を要している。年内には使えるようになるだろうとも思う。

    食べ物の好き嫌いはほとんど無い。さっぱりした単調な味付けがあまり好きではないことと幼児向けの魚肉ソーセージが嫌いである。シール欲しさに買おうとして、中身は魚肉ソーセージであると伝えると諦めるということを繰り返している。身長は毎月1cmぐらい伸びている。その内、標準身長に追いついてくるだろう(これまでは整列で一番前であった)。

    優しい子に育ってくれていると思っている。家人の教育の賜物であるとも思う。ただ、一人っ子だからなのか、本人の性質なのか、あまり、争いごとや競争を好まない性格が見えており、今後の学習や成長でどのような影響が出るのか。あるいは、勉強やスポーツが進捗するなかで、そういった思いが出てくるのだろうか。初めての子育てである。初めての女子の成長を観ているところである。私には解らないことが多すぎて、なるほどと思いながら、今年もまた、親にしてもらっていると感謝している。

    家人曰く「娘に甘すぎる」とのことである。何か失敗した時は家人よりも先に私を呼ぶ。つまりは、私は怒らない人だと思われているんだろう。保育園でもそのように思われているということだそうな。登園時に娘の荷物を持っていくのもあまり良いことではないらしい。確かに、来年からは自分で背負っていくのだが、それまでは私が持っていっても良いんじゃないのかな?と思っている。担当の保育園の先生からも「お荷物は自分で持たせてあげて下さい」と冷たい目線で言われる始末。しかし、娘の荷物持ちなんて、一生の内で何年出来るだろうか。そのうち、好いたらしい男が出来て、出て行くのが娘であって、可愛いとは思うし、一生変わらずに彼女は私の娘で、一生変わらずに私は彼女の父で有るけど、私が面倒をみることが出来る時期なんて、ほんの一瞬のことなんじゃないのか?そんなことを考えている(その時点で甘いのかもしれないな)。

    というわけで、娘が6歳になった。そして、私は父親6年生。やっと父親小学校に来年から入れるということで、まだまだ、未熟者であるという自覚だけは有るのである。

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    8月も半ばを過ぎた。朝夕の暑さは少しだけ引けてきたように思う。放置していたことでもあるが、思うところがあって、久しぶりに書いてみよう。

    山の日は家人の誕生日である。我が家において、「山の日」は「家人の日」と置き換えることが出来る日であるといえる。ちなみに、翌日は有名な御巣鷹山の日航機墜落事故の日であり、家人はその事故の前日に生まれており、毎年、誕生日前後にはこのニュースが流れることとなる。また、年齢もそれから推し量ることが可能となる。家人は群馬県の産である。御巣鷹山は群馬県にある。つまりは生まれ育ちの地がその事故の起きた土地でもあり、産まれた日もまた近いということもあって、本人にも多少なりとも思うところもあるのだと思う。私も事故のことは十分とはいわないが、当然のこと、知識としてはあって識らないわけでもない。思えば、幼少の頃、パイロットになりたいと思ったことがあった。これは明確に覚えているが、この事故を機にその夢を将来の夢としなかった。理由は簡単で、その操縦士の腕前とは関係のないところで、このようなことが起こるということは子供であっても理解できたし、自分の腕前とは関係のない所で多くの人を巻き込みながら死ぬということの意味が少しだけかも知れないが理解できたということでもあるだろう。

    今年の家人の誕生日は家人の夢でもあった肉料理を食べてみた。シュラスコというものである。シュラスコは知っている人も多いと思うが、串に刺した肉を専用のグリルで焼き上げた料理であり、テーブルにてナイフで切り分けてくれる。店全体に独特の香辛料の香りが染み付いているような次第であり、ちょっとした異国気分であった。その後、家人へのプレゼントなどを買い求め、家族三人で夏季休暇を迎えた。その後、行楽に行ったり色々とあったが、あっという間に夏季休暇も終わり、気がつけば、娘の誕生日が近づいている。

    娘の誕生日は8月28日であり、8月29日なら焼肉の日であったなというジョークを出産寸前の家人と立会中の分娩室で会話しようとして、看護師の方から「何言ってんだ?お前?頭湧いてんのか?」みたいな目で見られたことを未だに思い出すが、そういうわけで、来週には娘の誕生日がやってくる。成長著しい娘の成長状況についてはその時に書くとして、娘が小学校に上がろうということでもあるので、娘の将来のためにも引っ越しを考え始めている。

    地方で生活していると解ることであるが、関東首都圏に居るかどうか?は、進学において大きな影響が有ると断言できる。自宅から都内の大学への進学が可能であるかどうか?のハンデはすこぶる大きい(自分が地方からだったので身に沁みている)。また、家人は前述の如く、群馬県野産であるので、関東首都圏での暮らしが長い。私自身も10年ほど前まで、地元に戻っておらず、生活の中心は、東京、神奈川、千葉、埼玉の辺りであり、仕事の関係でウロウロとしていた(自分のデスクがあるような仕事ではなかった)もののそれでも大都市圏を数ヶ月単位で移動している所で半分旅人のような生活でもあった。あれは当時の体力だったから出来たのだろうと今でも思うが、そういう経験から言っても、やはり、今の日本においては関東首都圏優位に変わりはないように思う。

    「消耗しているの?」的な文脈で語られるそれらについて、私個人としてはそういう文脈で語れるのは進学などの事象を終えた人々の発言であったり、何か、別の目標が出来て、早くからそのような道を進んでいる人には適用されることだろうが、そうでない大多数に関してはこれは適用できないように思えてならない。

    そういうわけで、言い訳にするわけではないが、家族のことも考えて、転職と転居を考えている。何処に決まるかは今のところは不透明である。

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    2017年になった。早いものである。そういえば、平成になって、早くも29年目であり、平成元年に生まれた人は29歳になる年であり、世にいう「アラサー」ではないか。昭和生まれのプロトタイプとしては、隔世の感が拭えない。

    そういうわけで、滅多に書かないブログも新年と娘の誕生日ぐらいは書くようにしている。気がつけば、自らはアラフォーであった。そして、柵を減らすべく仕事を進めていたところが、柵が増えた。同じ場所に勤めているということは面倒であってもそういうことは増えるものであると諦めなければならないことなのかもしれない。新しいことを始めるのは骨が折れる事であり、まずは、その環境になれるための努力をしなくてはならない。しかし、その努力をしなくてよい同じ場所に居ることはやもすれば、自分自身をぬるま湯につけているようなことになりはしないか。

    そういった心持ちになって、三年目を迎えた。格段に職場環境が良くなったわけではないが、自分自身を自分で見つめ直すという意味ではよい期間を迎えていると言って良い。勉強をしている時は案外と自分で自分が不甲斐ないとも思うが、不甲斐なさもまた自分の姿であって、不甲斐ないと気が付いていればそれを仕立て直すことも出来よう。転職をするかどうかを期限を切って決めている(実は、職場環境の問題は少なくない問題になっている)。自分自身が出来ることはそれほど多くないと知っているから、識らなければならないことは多く有るということでもある。まずは、自分にツールを増やさねばならない。この場合のツールは必置資格を持っているとか、汎用性の高い業務経験を積むとかそういったことである。

    昨年は年末近くにいくつかの私的なイベントも有り、ぼちぼち大変だった。年始は静かに過ごしたいということで、家族で温泉に行くぐらいのことで留めておいた。次は何をするかと言えば、今年の年末までにクリアしておかねばならないものをクリアしつつ、次の仕事に備えるより他無い。ゴールが何処なのかについては目算はあるが、来年の夏までかなと思っている。目標がクリア出来たら、私的にはOKの年と言える。

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    昨日、娘が5歳になった。5歳になったからといって、何か大きく変わったわけではない(というか、毎日変化している)。娘はあまり身長は高くないようである。そして、もう少し、身長が伸びたいと思っているらしい。保育園の同クラスの中でも小さい方のようだから、そういう性質なのかもしれず、成長して伸びていくのかもしれず、こればかりはわからない。

    「お姉ちゃんになりたい」というのが夢だそうである。なるほど、今のところ、娘には弟妹がおらず、一人っ子である。一人っ子の性質を私は知らないけれど、一人っ子には一人っ子の世界があるのだろうし、兄弟姉妹持ちには兄弟姉妹持ちの世界があるのだろうとは思う。体験したことがないことであり、無論、これからも取り戻すことは出来ない世界の話であって、どちらが良いということでもあるまい。

    お盆付近に家人の実家へと帰った時も、娘は歓待され、帰宅してもしばらくは興奮気味であったし、昨日の誕生日当日には、私の母と祖母の住み暮らす家へと立ち寄った。娘にとっては5歳になったことは嬉しいことであったようだ。成長し、歳を重ね、経験を積み、出来ることが増える。この繰り返しが愉しいと思えるのは何歳までの話だろうか。あるいは、今でも、出来ないことができるようになることは愉しいことではあるけれど、その為に、自分の時間と労力を思う存分使えたのはいつまでだっただろうか。記憶には定かではないけれど、私にとっては過去のことではある。その通り過ぎた過去と同じではないけれど、近しい何かを娘が過ごしているのだと思えば、なるほど、そういうものだなあと眺めていて感心する。

    そろそろ、習い事も始まるだろうと思う。私の中では保育園に通っている間に習い事をするのは得策ではない可能性も思っていたのだが、音楽に関しては出来るだけ早くが良いともいうし、本人が希望する習い事については、国語力が不足しているように思えて、個人的にはまだ早いかと思っていたが、いよいよ平仮名の読み書きについて随分と出来るようになっている。これから本人の希望も聴いて、決めていければ良いと思っている。

    私が子供の頃には無かった技術や文化が今の世の中には溢れている。私の体験してきた技術革新のような大きな変化がこれからも起こる可能性はあるが、私の時ほど様々の事柄を一気に進めていくような革新が起きることは考えづらい。おおよそ、IT業界で言えば、その技術革新は一度停滞領域に入っているようにも観えるし、コンテンツも出尽くしたのではないかとさえ思える。リオ五輪の閉会式を観て、「凄いなあ」と思う人がそれほど多いとは思えない。最新の技術ではあるだろう、日本が誇るアーティストも参加しているだろう、けれども、それが目新しいか?と言われたらどうだろうか。私には目新しくは映らなかった。それは新しい技術への欲求が加齢と共に減ってきたからであろうか?それがゼロとは思わないけれど、娘がよく愉しんでいるアニメや動画等を観ていると、それは決して、技術的に優れているとか、目新しい事ばかりではないように思える。

    私とは違う世界が彼女には広がっている。彼女がどのように感じたかについて、私に語り聞かせてくれる時間はそれほど多くはないのかもしれないが、出来るだけ娘の話を聴いて、彼女との時間を大事にしなくてはと毎日願っているところでもある。あと、10回ぐらいは娘の誕生日に思いを馳せれればと願っている。そのくらいになれば、彼氏の一人も見付けて居るだろうし、家族ではない誕生日を過ごすようにもなるだろう。斯くの如く、娘の成長は、今のところは、私にとっては愉しく、今年も無事にその日を迎えられたことを喜んでいるところなのである。

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