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日常の由無し事を書きつくっています。
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    HN:
    filemente
    性別:
    男性
    職業:
    シス管/パチプロ
    自己紹介:
    田舎で一人、中小企業で、システム管理をしているはずが、いくつかの僥倖もあって、ちょっとポジションが変わったことだけ付け加えておく。格別の特徴は無いが、体型は完全なメタボリック体型である。近頃、とみに体重が増えた。また、歳を重ねる毎にアレルゲンが増してもいる。

    学生時代から、バイトも含めて、随分と様々の職種をこなしてきたが、偶然にもシステム屋をしている。向き不向きでいうとそれほど向いているとは思わないが、それでも食い扶持を稼ぐためにはしかたがない話なのかも知れない。

    結婚をした経験があり、独り身であったが、こんなメタボなバツありのところに遠いところからわざわざ嫁に来てくれる奇特な女性があった。よって、独り身では無くなった。二人身である。二人分の食い扶持のために働き続ける所存。止まらぬ汽車はまだまだ進むのである。

    更に、娘まで授かってしまったので三人で暮らしている。家族となった。元来子供好きだったが、半ば諦めていたのでこれもまた僥倖である。家人には頭が上がらない。
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    家人が転職した。というのも、本人が希望して、そうなったわけではなく、家人の勤め先の都合によって、余儀なくされた話であった。その辺り、経緯については家人がブログに書いていたので、知っている人はご一読くださればと思う。

    そういうわけで、家人の職探しが始まった。職探しについて、私としては自分の持っている知見で「このような住所であれば通勤が楽なのではないか」「◯◯社については私も取引をしたことがある」などというような周辺情報を伝えるなどした。ハローワークインターネットサービスも活用した。なかなか見やすい情報が出てくる事に感心した。あるいは、他の求人サイトについても、勤め先の関係で、その手の企業とのやり取りを持っていたので、ちらほらと観ておくようにした。家人の性格からして、落ち込むことは目に見えており、最悪、欝状態も十分にあったわけで、その状況に長く置いておくことは得策ではないと判断した結果の行動であった。

    最初の3件ほどは縁がなかったものの、一度、気分を一新し、検索範囲を拡げ、気になる職種についてよく見直し、そして、応募した数社の内の一社から、他社に先駆けての内定が出たということである。この日が期せずして、私の誕生日の日であった。こうして、9月末から10月末までの一月ほど期間で次の一歩を踏み出した。

    その間には様々なお声掛けもいただき、ご協力もいただいたので、その方々に感謝しなくてはならないし、私の関連の方にも、数人に打ち明けた結果、「うちの面接受けないか?」というようなハンティングのような話まで飛び出していたので、その中で、自分で見つけた新しい職について本人が満足してくれればと願って止まない。

    このような時、夫としてどのような心持ちでいればいいのか?ということを考えてみたが、取り立てて、大きな騒ぎにすること無く、保険、年金、税金といった部分についての手配を行うと同時に、平常を維持しつつ、ちょっとした家事のお手伝い等についても、引き続き継続していくぐらいしか出来ることはない。あとは、職がなかなか見つからなければ、自分の持っている縁の中から相談するか、専業であっても問題がないという安心感をどれだけ出せるかを考えるしか無い。

    そういうわけで、再び、共働きの日常が戻ったが、家人の勤務時間が前職よりも早まったので、朝の支度が少しだけ忙しくなったのが変化かもしれない。現在、我が家では23時就寝5:30起床が推奨されている。出勤時間は家族全員が7時15分~7時30分の間ということになる。なんとも、健康的な話ではないか。その原因が何にせよ。家族の習慣が変わる様というのはなかなか愉しい。今年もあと僅かにはなったが、その僅かの間にこの習慣にも慣れていくに違いない。

    「結婚」「娘の誕生」「家人の就職」「実母の病気」「家人の転職」とこれまでの転機を思い出せば、毎年のように何か起こっている。誰の人生も平穏なものなどなくて、「毎日がドラマティック」それもむべなるかなと思う次第だ。

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    というわけで、8月28日で、娘が4歳になった。健康であることが私ども夫婦にとって、何よりのありがたさであることは言うまでもない。

    さらに、今年、娘はついに、おむつを脱した。今や普通のパンツを愛用しており、トイレトレーニングはほぼ完了したと言ってよく、強めの自己主張と独特のセンスが垣間見える気がしている。順調な成長と言ってよかろうし、三才途中から始まった反抗期も今も少し垣間見えている。

    現在、娘には「やり遂げる」ということに関して、強く伝えることにしている。家人は礼儀作法、挨拶などについて厳しいが、それは家人が十分に指導していることであり、既に、身についているように思えるので、私は一つのことを「やり遂げる」ということにしつけの方針を向けたということである。一つのことをやり遂げるというのはどういうことかというと、身近な例で言えば、こういうことである。例えば、娘が何かのおもちゃで遊んだとする。しかし、次々とおもちゃを引き出し、辺り一面に散らかしたとしようか。その時、「片付けなさい」と言うのは当然のことであるが、その手前に「一つのおもちゃで遊んだら、次のおもちゃを引き出す前に前に遊んでいたおもちゃは片付ける」という約束を取り交わすのである。そして、それを徹底させるということである。約束を守れなかった場合は、どちらのおもちゃも私の手元にある袋に詰めてゴミ箱へ捨てる。当然、泣くわけだが、約束を守れなかったのは誰なのか?について伝える。私がやっていることはこれぐらいで、後は、甘やかしと言われる程度のことであって、世間の父親がどのようなものかは私には認識が余り無い。

    早くも、4歳。あと、3年ほどで小学校へ入学するということで、次々と進捗する娘をこれからもしばらくは観ることが出来るだろうと思えば、愉しみなことである。父としての私の評点が出るのはまだまだ先のことであろうけれど、自己採点で15点ぐらいの父親だという自覚がなんとなくあるので、せめて、50点ぐらいにはなりたいと心底思う。あと何年、一緒に居れるだろうか。早ければ、あと、10年そこそこで家を出るだろうから、それを考えれば短いような気もするし、「せいぜい、働きますよ。お父さんは」と娘に言ったところが、「うん。頑張ってね」と、意味が解っているかのように返されたので、せいぜい、仕事に精を出す事にしましょう。

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    祖父が、先週、旅立った。祖父の信仰する宗教で言えば、「出直した」ということになるということだそうな。肉体は借り物であって、魂は再び神様の所に一度戻って、また、肉体を借りて、現世に戻ってくるというようなこと。なるほど、そういう宗教も有るだろうという理解はしている。

    88歳という年齢で祖父は亡くなったのであるが、平均寿命なるいい加減な統計から考えても、長寿と言えるのではないか。数年前までは随分と元気だった事を考えても、それはありがたいことではあったろう。

    祖父との思い出について語りだせば、それはかなりの長さになる。小学校に上る前には、私は祖父母によって、養育されていた時期がある。それは、祖父が怪我で自宅に居たことも有るだろうし、弟が産まれたばかりでもあったので、父母にとっても都合が良かったのかもしれない。

    そういうわけで、祖父母との思い出は枚挙に暇がない。様々な場所に連れて行ってもらったし、周りの子供達が羨むようなプレゼントも貰った。昭和一桁産まれの祖父にとっては、モノの豊かさは善であり、あるいは、飽食は善である。程々の物を使うということも考えていなかった人であり、暮らし向きは別にして、メガネや腕時計に至るまで、随分と良い品を使っていたことを思い出す。若いころから、洒落者で通っていたらしい。

    あまり、広範囲にお知らせをしなかった事もあって、簡素な式であったが、親類縁者は集まり、祖父のことを思い思いに語った。その場で立ち止まる事が許されるのはせいぜい祖母のみであって、私を含めた他の者はすぐに次のことを考えなくてはならない。これからしばらくは相続も含めて、多くの時間を取られるだろうが、それもまた、人が暮らしていく上で致し方のないことであり、滞りなく、それを行うことも私に求められている事なんだろう。

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    最近、景気が良くなったのか、悪くなったのかの見通しについて、様々な意見を見る。けれども、どちらが正しいとかそういうことではなくて、その人の立ち位置によって、感じ方は異なるわけであるから、一概には言えないという話にはなる。よくよく勉強して、株式で自分の資産を運用した人の中には、億単位の資産の形成に成功した人も居るだろう。そういう人が何処で市場を退場し、高みの見物に入るのか?は私がそうでないから、答えようが無いけれども、そういう人もそれなりの数は居るということでは有る。逆に、就職市場が前向きになったという話の中でも、仕事を見つけられず、苦労をしている人の話も聞く。そういう人にとっては前述のような例はお伽話のようなことであって、自分には一生関係ないと思っているということだろう。

    自分自身を振り返っても、年収が倍増するわけも無く、微々たる昇給がある程度であって、今後のことを考えても、それほど明るい展望が有るわけではない。しかし、家族を食わせていくという事に関しては、責任を持たなくてはならない。そこで、今年に入って、自分自身にこれまで無かった技量をつけるべく、国家資格を連続して、受験する年と位置づけて、大小様々の国家試験の申し込みを行った。全部の受験が完了し、全て通過すると、今年度だけで5つほどの国家資格が手に入る予定となっており、来年、再来年と続けて受験を繰り返し、予定では10ほどの国家資格を入手する予定となっている。今更ではあるが、それを取得していないと違法になるという仕事は少なく無い。また、法を順守するという観点から言えば、かなり厳しい基準をクリアする必要がある業種や職種も少なくない。

    景気が回復していく中では、そのような人間が求められる場面が増えるだろうと見ている。幾つかの難易度の高い資格については、士業の開業も可能であるということで、私が開業する可能性は皆無であろうけれども、それも含めて、目指してみる事にする。結果、どのような領域で仕事をするのが正解か?は模索しなくてはならないが、できることが増えているに越したことはないだろうとは思っている。

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    2015年あけましておめでとうございます。各所で挨拶はしておりましたが、改めて。

    1/5から、仕事初めでございました。2015年もよろしくお願いしますのご挨拶はそれなりにさせていただいたような気がいたしております。昨年は色々とプライベートでゴタゴタしていたことは何度か書きました。今年ももうしばらくはそうなりそうですが、乗り越えるしか無いということだと思っております。

    仕事でいえば、昨年の秋に部署異動等が行われて、新たな業務を抱えることになりました。これまでの職歴的にもボチボチに様々な仕事をしてきましたが、システム管理者、財務、経理、経営企画、総務、法務。この辺りがフィールドだったわけですが、加えて、営業として、数字を作るということについても、裁可が出来る権限が加わり、他の営業を取りまとめるというポジションへと異動になりました。あまり、流れる水に逆らうということを考えなくなりました。これも歳を取ったということかと思いますが、これは衰えではなくて、自分の何かが拡がったんだろうと思うことにはしております。なんとか1月中に片付けたい懸案事項もありますが、それについても法による手続きを取る必要があったりで、勝手には進められませんので、用意をし、対応をするより他ありません。

    2015年の予測というようなことを考えてみようと思い立ちました(去年も似たようなことをしていたとは思いますが)。2015年のテーマは今続いているアベノミクスなる短慮(短慮であって、無意味であるということではありません)が、何処まで影響を与えるか?が、前半のテーマになるでしょう。そして、2015年の後半にはほころびが見えてくるんじゃないかと思っています。今より、極端に実入りが増えることが無いままで物価だけはどんどん上昇していくでしょう。今よりも顕著なスタグフレーションが2015年の後半に見えてくると感じています。

    アベノミクスと同時に語られることが多い、地方についてですが、地方在住の人間の一人としては。全面的な再編が必要なのではないか?と考えています。これは地政学という学問がありますが、この地政学で考えて再編していくのが、今の日本に必要な視点なのではないかと前々から感じています。

    日本の地方を「地方創世」というようなことで話を進めるわけではなく、田舎と都会ということで分けるのではなく、業ごとに地域を分けた方がいいのではないか?ということです。無論、生活インフラを支えるための人は必要でしょう。あるいは、農業、畜産のような一次産業も必要です。しかし、今のように「何処に行っても同じような街並み」というようなことは異例だと思うのです。地方を回った経験者はご理解いただけると思いますが、似たような街並みや風景が、各地方に散らばっています。ヒント無しで道路の写真が出てきたら、何処の県かを即答するのは難しく、あるいは、違う場所の写真であるのに、ほんとうによく似ているということが発生します。これは無駄な投資の結果だと私は考えています。

    「職住の近接」は大変重要なテーマです。今のように遠方にわざわざ通勤する無駄を省くことが大切だろうと考えていて、例えば、北海道、東北、北陸、中国、山陰、四国、九州・沖縄といった地域の点を結ぶようにインフラを再編します。ネットワークトポロジーで言えば、拡張スター型トポロジーが良いのではないかと感じます。各県に飛行場があるような運用はそもそも費用の無駄であるし、不必要ではないかと思うのです。その上で、各地域の地形と気候にあった産業を中心とした協同組合のようなコミッティを作り、その事業に係る人々にその地域に移住していただき、労働していただくということです。残った、関西、中部、関東をその他のサービス業の中心地とし、中央省庁についても、今で言えば、大阪(加えて、兵庫、神戸)、愛知(加えて、岐阜、静岡)、東京(加えて、神奈川、埼玉)に分散化する。

    極論ですが、このぐらいしか、変えていく方法はないのではないか?と思います。何でも、右ならえで同じでなければならないというのは、教育にしても、何にしても、機会の均等を出来るだけ保証したい気持ちはわかりますが、現実には富豪の子供と一般家庭の子供では、あらゆる機会は不公平なわけで、現状として、それは無能な中間層を産み出しているだけだと思うのです。中間層全体のレベルが下がることで、昔は当たり前だったことが、今は中間層で実現できないということです。

    地域ごと、あるいは、家庭ごと(出自ごとと言っても良い)に「可否」あって然るべきであり、その為に人は移動し、移住し、動くことによる出会いや関係性が発生し、そこには夫婦が生まれ、家族が出来るということになるのではないかと思います。

    考えていることは長くなりますが、そのようなことを2015年頭に考えました。似たようなことを考えて、やってくれる政治家でもいれば喜んで票を投じるのですが。このことはボチボチ考えていこうと思っています。

    上のような考えで居ると、私自身も移住ということを考えないでもありません。柵が失くなった時に、その地域に根ざす「何か」を、私自身が持ち合わせてい無いのかもしれませんし、それは何処にいても発揮できるに違いないとも思っているので。

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