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日常の由無し事を書きつくっています。
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    性別:
    男性
    職業:
    シス管/パチプロ
    自己紹介:
    田舎で一人、中小企業で、システム管理をしているはずが、いくつかの僥倖もあって、ちょっとポジションが変わったことだけ付け加えておく。格別の特徴は無いが、体型は完全なメタボリック体型である。近頃、とみに体重が増えた。また、歳を重ねる毎にアレルゲンが増してもいる。

    学生時代から、バイトも含めて、随分と様々の職種をこなしてきたが、偶然にもシステム屋をしている。向き不向きでいうとそれほど向いているとは思わないが、それでも食い扶持を稼ぐためにはしかたがない話なのかも知れない。

    結婚をした経験があり、独り身であったが、こんなメタボなバツありのところに遠いところからわざわざ嫁に来てくれる奇特な女性があった。よって、独り身では無くなった。二人身である。二人分の食い扶持のために働き続ける所存。止まらぬ汽車はまだまだ進むのである。

    更に、娘まで授かってしまったので三人で暮らしている。家族となった。元来子供好きだったが、半ば諦めていたのでこれもまた僥倖である。家人には頭が上がらない。
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    相方という呼び方に違和感がある。というと、「何故?」と言われることも少なく無いが、こればかりは何とも説明しようのない感情がわき上がってくる。

    相方とか、合方とか、まあ、書き方は良い。若い男女が「相方」という言葉を使う、その端緒が何処にあるかは解らぬ。けれども、彼氏彼女であるし、結婚すれば、夫妻であるわけで、その呼び方は立場で変わっていくとは思うけれども、その中に「相方」という呼び方は私の中では含まれないというだけなのかも知れない。それがしっくりと来る関係の存在を全否定するわけでは無い。長い年月や様々の出来事を経た結果、そのような関係になっている人の存在がある事は十分に解った上で、このような事を感じている。また、そのような関係を持っている人に十分な納得もする。そういう方をごく少数知っているが、そうで無い人々が会話で使う「相方」には本当に微妙な感情が沸く。

    相方(合方)とは、本来は日本舞踊などの用語だったように記憶している。二人以上なら、準主役の人を合方といい、一人の場合は三味線奏者などが合方に相当する。つまり、一つの物事を作り上げていく中で、お互いが不可分な組み合わせであるということである。そのような関係を「出会ったばかり」で作り上げられるような事があるのなら、それは幸せな事だろうとは思うが、そんなことを言っているカップルの多くが短い時間にくっつきは離れて、相方を変えていく態を観ることが多い。それが悪いということではなくて、その事と、相方という言葉がそぐわないのではないか?ということである。

    ちなみに、私は細君の敬称を家人として固定している。私の妻であって母ではないし、私は父としてよりも家人の夫として優先されるべきだと思っている。責務という言葉が合うかどうかは不明だが、子育てが全てに優先されるとも思って居ない(無責任に振る舞うという意味では無い)。物がわかるようになり、人として生きてけるようになったとき、子は個の部分を強くして、独立していくのだろうと考えるからに他ならない。夫婦は他人同士が一緒に好きこのんで住み暮らしている。子供は切っても切れない血縁である。当然どちらにも等分に心を砕くのだけれど、他人同士である以上、家人に心を砕く方が優先されるのは当たり前のことでは無いかと思うのだ。

    このような事を書いていると「子育ての手を抜くのか!」とか、「子供最優先」とか、そういう輩が沸いてくるが、何もしなくても何でも子供優先になって行く世の中で、子供を優先する気持ちばかりが先に立って、夫婦がお互いの事を顧みないような事では、その家庭が上手く行くわけも無いと思っている。

    このような事に考えが及ぶような頃合いであるが故に、余計に、「相方」なる言葉の遣い様が安直になっているのが、何ともむずむずとして痒い。

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