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日常の由無し事を書きつくっています。
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    HN:
    filemente
    性別:
    男性
    職業:
    シス管/パチプロ
    自己紹介:
    田舎で一人、中小企業で、システム管理をしているはずが、いくつかの僥倖もあって、ちょっとポジションが変わったことだけ付け加えておく。格別の特徴は無いが、体型は完全なメタボリック体型である。近頃、とみに体重が増えた。また、歳を重ねる毎にアレルゲンが増してもいる。

    学生時代から、バイトも含めて、随分と様々の職種をこなしてきたが、偶然にもシステム屋をしている。向き不向きでいうとそれほど向いているとは思わないが、それでも食い扶持を稼ぐためにはしかたがない話なのかも知れない。

    結婚をした経験があり、独り身であったが、こんなメタボなバツありのところに遠いところからわざわざ嫁に来てくれる奇特な女性があった。よって、独り身では無くなった。二人身である。二人分の食い扶持のために働き続ける所存。止まらぬ汽車はまだまだ進むのである。

    更に、娘まで授かってしまったので三人で暮らしている。家族となった。元来子供好きだったが、半ば諦めていたのでこれもまた僥倖である。家人には頭が上がらない。
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    私が物心付いてから、大きな地震というのが今回の熊本地震によって三つ目となった。罹災された方にはお見舞申し上げるしかなく、また、私の出来ることなどはほぼ無いわけだが、そういう中で少しばかりの支援をすることとした。「やらない偽善よりやる偽善」というよく言われる言葉が必ずしも正であるとは思わないが、心持ちは別にして行動する者を非難したり、邪魔したりということについては到底認められる行為であるとは思えない。

    震災は様々の条件が重なり、結果としてこのような被害になる複合的なもので、震度や震源地、あるいは、時間帯、発生場所などを単体で比較することは出来ない。それらが全て重なった結果で大きな被害になる。

    過去の震災を振り返れば、阪神・淡路大震災の折には地震とその後の火災が大きな被害に繋がり、東日本大震災については地震とともに発生した巨大津波によってあのような被害になった。今回の熊本地震に関しては、前述二つの被害拡大条件は起こらなかった。それはその他の条件によって起こらなかったことでもあろうし、前述の二つによって教訓を身に付けて進歩した部分もあって被害を抑えることが出来た部分もあっただろうと推察している。

    その代わりにSNSやTV報道の偏向ぶりには辟易するような事態が多く、放射能の話題を出し続ける人、地震は人工的に起こったものであるという話など、ノストラダムス以下の話題が多く流れてきて、以前よりもより酷いのではないかと思えてならず、他者の信義信条についてとやかく申したくないが、私はそのような話についてネタにするにも程があるだろうし、TPOもわきまえないことだと人品を疑う。

    隣接する福岡県まで一部の食料や飲料まで姿を消す騒ぎとなった。家人も少しばかり、水を買っておこうと言っていたものの買うことは出来なかった。私は「さもしいことはしないようにしよう」と家人に声を掛けた。実際に、我が家では何の被害もなかったし、何の問題もなかったのだから、慌てて何かをするようなことはしたくなかったし、するべきではないと考えた。このタイミングで自宅用に水を大量に購入する。食料品を買いだめするなどの行動に出るものは喉元をすぎればそのような備蓄について考えることはしないだろうし、無駄になるだけに思える。オイルショック時のトイレットペーパーが無くなるという流言飛語に近いのではないか。調べればわかるが、あれは単なる流言飛語であると判明しているし、一部の銀行の取り付け騒ぎも同じような流言飛語で発生した事例は幾つもある。

    人の本質だけは何年経っても変わらず、あるいは、民度という尺度でいえば、上がっている人と下がっている人の差が顕著になって、良くも悪くも、金銭だけではない格差が拡がっていると思えてならない。

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    新年度である。日本だけなのかどうか、年明けと年度明けには少々意味合いが違うものがあって、4月の初旬のお祝いムードはその人の生活によって異なるといってよい。ある人は新年こそが一年の始まりと思うだろうし、ある人は新年度こそが新しい年であると思うだろう。それは人それぞれのことである。

    我が家ではどうかといえば、家人の奉職する職場が12月が決算月だそうである。私が奉職する企業は1月が決算月であり、双方ともに、3月ぐらいまではそれなりに巻き込まれることが多い。そんな中、娘は4月で進級するわけで、彼女にとっては明日の進級式から先がある意味の新しい年なのではないかと思う。新しい教室の場所を説明し、自らの名前の入った靴箱を案内する様子を見れば、それなりに楽しみなのであろうことは理解できた。自慢気に案内する靴箱には既に名前のシールが貼ってあり、今日も、私が私の母と共に出掛けた時にねだられた黒に紫の色使いのスニーカーを履いていた。そればかり履いてはボロボロになるだろうし、成長期の娘にとってはもうそろそろサイズも合わないことも有るだろうけれど、履きつぶすぐらいに気に入ってくれていると思えば、それはそれで嬉しいものだ。

    通勤時に見掛ける中にどうやら新社会人だろうと思われるリクルートスーツ姿の人をちらほらと見掛ける。また、どうやら、新しく進学したのであろうか、真新しい制服を着た中高生の姿もある。リクルートスーツにせよ、制服にせよ、それが馴染むのはひと夏を超えてからのような気がする。ネクタイの結び目一つ見ても、それはフレッシュマンのそれであって、少しいびつながらもしっかりと締められているものでなかなか新鮮だ。私のようなベテランのおっさんになるとネクタイの結び目もそれなりにしっくりと合わせる技術が身につくし、そこまでしっかりと締め切らずに結ぶ人が増える。それが馴染んでいる目印の一つなのかもしれない。

    私は通勤時間はそれほどコロコロと変える方ではないので、ほぼ同じ時間に同じ道順で通勤している。その為、通勤路では同じ自動車に出会い、同じ時刻表のバスに出会い、どうやら、通学、出勤する人たちともほぼおなじ人々とすれ違っているようで、何度もそれが続くと、面識こそ無いが、なんとなく、見知ったような心持ちになって、「おや?新車に乗り換えたか」とか、「おお?彼女が出来たか」とか、「第二子ですか?おめでとうございます」などと勝手に親近感を持って眺めていることがある。期せずして、「おはようございます」と挨拶を交わす仲になるようなこともある。そうすると「おお!おはようございます!お久しぶりです」と名も知らぬ相手に一声掛けるような場面まで出てくる縁は奇なものである。

    そのような親近感がなんとなく社会の縮図のような気がしてならないのである。この類の社会の縮図が元々の縮尺に変わったものが、今の世の中なのではないかと思えてならない。どんよりとした閉塞感のようなものが世に蔓延していても、この季節の前述のような事によって、私は何やら、くたびれた自分にももう一度活を入れようという気になるのである。とりあえず、5月の連休までに歯の治療を終えよう。そういえば、私の尊敬する出来る人々は忙しい中でも自分自身のケアをおこたっていなかった。私もそれに習おう。そして、フレッシュマンと一緒に仕事にかぎらず何かをやろうと思い立ったのである。

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    震災から、3・11で5年を過ぎた。早かったといえば、早かったといえるような気もするし、もっと、直截な当事者にとっては長い年月だったのかもしれないとも思う。テレビも新聞もネットもあらゆるメディアで当時のことを振り返ることが為されており、それはそれで、忘れないという意味では必要なことかもしれないけれども、忘れることによって次に進むことが出来る可能性も考えた時、必ずしも、それが正解であると思えないのである。

    本来は次の一歩へ進む取組について表に出すような機会にするべきではないのかと思えてならない。永遠に戻らない時間と永遠に同じ形にはならない土地。その2つに対して、何が出来るのかと考えた時、それでもそこで暮らす生活が有り、それでも、動かさねばならない設備が有るのだということについて、考えを巡らせないわけにはいくまい。私は原発賛否は別にして、今あるものを止めるのは意味が無いことであると考えている。今あるものは動かして、十分な発電量を担保しつつ、原子力に替わる別の発電方法を模索し、新造していくべきではないか。そうすることで次へ進めるのではないか。

    エネルギーコストなどについては、私は専門家ではないので、具体的にこれが良いと思いつくことはないのだが、元々は原子力発電所がない時代もあったわけだし、省エネに関して言えば、技術革新が進んで、同じ規模のモノを動かすのに必要な電力は年々減っているはずであり、そのような努力は様々な企業が行っていることでもあって、そこに対するバランスのようなものが釣り合うタイミングがどこかで訪れるだろうとは予想できる。

    そもそも、九州に住んでいると被害を被ることになる、PM2.5などの問題のほうがよほどに思い問題であって、あの化学物質で命を落とす人が居るということはあまり報道されないが、実際にはかなりの数居るのである。原発云々の前に隣の国の事とはいえ、そちらを何とかするべきではないかとも思われるのである。

    ともかくも、戻らない、戻れない。それを悲観せず次へと進もうとする人を応援する気持ちだけは亡くしたくないものだ。何が出来るかわからないけれども、少しばかりの募金(小銭程度だが)は5年経った今も継続している。他に思いつかない私の唯一の応援方法であるからだ。

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    年も改まって、早くも20日を過ぎた。このようなタイミングで年始というのもおかしな話ではあるが、年末年始とバタバタとしており、また、我が家では思いがけぬトラブルで自家用車の買い替えなども発生したせいで、今のような次第になった。

    2015年はは暖かかった。が、2016年に入り急速に寒くなり、この週末では久方ぶりの大雪となる予報でも有り、警戒しているところでも有る。思えば、一昨年から昨年にかけて、母が入院し、退院しの間に、祖父が亡くなり、その間には様々のことがあったと、時間を取って思い出せば、思い出せることだけれど、改めて、頭を巡らせなければ、思い出せないぐらいには激動の年であり、それは毎年、年末の振り返りの時に思い出す感情なので、つまりは激動でない年は無いということになるだろうか。我が家のイベントごとは、8月と12月に集中しがちであり、8月は家人、娘、母の誕生日が連続しており、12月にはクリスマスやら結婚記念日やらが集中しており、どちらの月も割りと忙しく消費行動を取ることが増える。

    仕事上では、また、次のポジションへと進捗があり、来期はそれなりに成功した部類へと言われるような立場になるかもしれないということで、個人的にはそういうことを求めていないのだが、現場を離れることを今よりも求められることになり、それはそれで淋しいとも思うが、私自信の能力では今よりも更に根を詰めなくては生きのいい若者とやりあえるだけの膂力を出すことは出来ないだろうと思う。高齢化したプロレスラーがテクニックで魅せてくる中で、若くて伸び盛りの若手の我武者羅な戦いぶりと退治し、引退を決意した瞬間というか、著名なAV女優が「やりきった」のセリフを残して引退するとか、そういう大げさなことではないが、自らが老害になり始めているだろうということを悟った数年前から引退へのカウントダウンは始まっていたのだろうし、それに未練を持っていないといえば、嘘にはなるが、清廉たらんとすれば、身の引き方は取り組み始めることよりも層倍難しいことだろう。こうして、そのようなことを考えながら、仕事の合間を見付けて、自らの整理をし、いくつかのノートやメモ書きや自分が作ったファイルを整理整頓し、後継が解るように整理する作業をここの所行っていたわけである。

    ある時、家人に声を掛けられた。家人は私が何かに腹を立てているように見えたかもしれないが、家人に腹を立てていたわけではなく、延々と連続した思考の中で、諦めることと続けなくてはならないことと新しく始めることを整理していただけで、その整理する事柄の中には自分が長年可愛がってきたものもあり、愛着を捨てきれない自分がおり、それでも、諦めたほうが迷惑が掛からないだろうということもわかっているのに決断できない自分に苛立っていたわけで、一種の八つ当たりのようなものでも有り、どう考えても私が悪いのである。それぐらいにはいつまで経っても進捗できない自分と自分の力不足でまとめられない案件とそんなことにすり潰されていた。全ては自分の力不足であると認めているのに、認めても認めてもまとまらず、最終的には幾つかの酷な決断もした。降格人事もあれば、昇格人事もあり、あるいは、大幅な配置転換もした。人事は私の得意とする所ではない。しかし、人事はどのような組織でも必要不可欠なものでも有り、誰かがそれを遂行しなくてはならない。

    新年早々に幾つかの研修を受けた。そして、資格取得のための試験も3月末まで続いている。休みはほぼ無い。2016年も動き続ける列車に乗って、出来れば多少なりとも、家族を牽引できればと願っている。

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    家人が転職した。というのも、本人が希望して、そうなったわけではなく、家人の勤め先の都合によって、余儀なくされた話であった。その辺り、経緯については家人がブログに書いていたので、知っている人はご一読くださればと思う。

    そういうわけで、家人の職探しが始まった。職探しについて、私としては自分の持っている知見で「このような住所であれば通勤が楽なのではないか」「◯◯社については私も取引をしたことがある」などというような周辺情報を伝えるなどした。ハローワークインターネットサービスも活用した。なかなか見やすい情報が出てくる事に感心した。あるいは、他の求人サイトについても、勤め先の関係で、その手の企業とのやり取りを持っていたので、ちらほらと観ておくようにした。家人の性格からして、落ち込むことは目に見えており、最悪、欝状態も十分にあったわけで、その状況に長く置いておくことは得策ではないと判断した結果の行動であった。

    最初の3件ほどは縁がなかったものの、一度、気分を一新し、検索範囲を拡げ、気になる職種についてよく見直し、そして、応募した数社の内の一社から、他社に先駆けての内定が出たということである。この日が期せずして、私の誕生日の日であった。こうして、9月末から10月末までの一月ほど期間で次の一歩を踏み出した。

    その間には様々なお声掛けもいただき、ご協力もいただいたので、その方々に感謝しなくてはならないし、私の関連の方にも、数人に打ち明けた結果、「うちの面接受けないか?」というようなハンティングのような話まで飛び出していたので、その中で、自分で見つけた新しい職について本人が満足してくれればと願って止まない。

    このような時、夫としてどのような心持ちでいればいいのか?ということを考えてみたが、取り立てて、大きな騒ぎにすること無く、保険、年金、税金といった部分についての手配を行うと同時に、平常を維持しつつ、ちょっとした家事のお手伝い等についても、引き続き継続していくぐらいしか出来ることはない。あとは、職がなかなか見つからなければ、自分の持っている縁の中から相談するか、専業であっても問題がないという安心感をどれだけ出せるかを考えるしか無い。

    そういうわけで、再び、共働きの日常が戻ったが、家人の勤務時間が前職よりも早まったので、朝の支度が少しだけ忙しくなったのが変化かもしれない。現在、我が家では23時就寝5:30起床が推奨されている。出勤時間は家族全員が7時15分~7時30分の間ということになる。なんとも、健康的な話ではないか。その原因が何にせよ。家族の習慣が変わる様というのはなかなか愉しい。今年もあと僅かにはなったが、その僅かの間にこの習慣にも慣れていくに違いない。

    「結婚」「娘の誕生」「家人の就職」「実母の病気」「家人の転職」とこれまでの転機を思い出せば、毎年のように何か起こっている。誰の人生も平穏なものなどなくて、「毎日がドラマティック」それもむべなるかなと思う次第だ。

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