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日常の由無し事を書きつくっています。
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    プロフィール
    HN:
    filemente
    性別:
    男性
    職業:
    シス管/パチプロ
    自己紹介:
    田舎で一人、中小企業で、システム管理をしているはずが、いくつかの僥倖もあって、ちょっとポジションが変わったことだけ付け加えておく。格別の特徴は無いが、体型は完全なメタボリック体型である。近頃、とみに体重が増えた。また、歳を重ねる毎にアレルゲンが増してもいる。

    学生時代から、バイトも含めて、随分と様々の職種をこなしてきたが、偶然にもシステム屋をしている。向き不向きでいうとそれほど向いているとは思わないが、それでも食い扶持を稼ぐためにはしかたがない話なのかも知れない。

    結婚をした経験があり、独り身であったが、こんなメタボなバツありのところに遠いところからわざわざ嫁に来てくれる奇特な女性があった。よって、独り身では無くなった。二人身である。二人分の食い扶持のために働き続ける所存。止まらぬ汽車はまだまだ進むのである。

    更に、娘まで授かってしまったので三人で暮らしている。家族となった。元来子供好きだったが、半ば諦めていたのでこれもまた僥倖である。家人には頭が上がらない。
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    社会に出て、それほど経たない頃の話しである。当時、某大手企業の情シスに所属しており、そこから色々と出先での仕事をしていた。イントラネットが一気に広まろうとしていた時でもあった。また、そういった言葉が世間に広まりつつあった。当時、タグ打ちが出来て、NTサーバやLinuxサーバが少々わかって、PerlでCGIが組めれば、まあ、それなりに金が稼げたというぐらいの時代である。実際、多少のバイトもした。まあ、その辺りは当時の会社には申し訳ないが、時効であろう勘弁していただきたい。

    リーマン、一年・二年生の給与などというものは企業の大きさもあるだろうが、それほど高額なものでもない。大企業に居れば、高級というのは生涯年収を考えた部分でもあり、企業によってその給与の上がり方は異なる。私の属していた企業は30過ぎまで割りと良いペースで上がり、40前後までは緩やかに50前後までそれなりに上がり、そこからはポジション次第で所属が決まるというシステムであり、55歳で第一回目の出向や転籍などが行われるという企業であった。その月給を正しくは覚えていないが、手取りで20万円までは行ってなかったのではなかったろうか。そのような収入でも独り者であるから、それなりの生活を送ることは出来た。同僚と酒を飲みに行く事に不自由しない程度のことでもあった。

    今ほどのデフレではなかった時代でもある。転勤で福岡に舞い戻った時に母親のアドバイスもあってスーツを買い足すべきということを言われた。なるほど、仕事に使う勝負服である。疎かには出来ない。当時で、一着三万円程度だっただろうか。デフレの今ではもっと安いモノもあるが、当時はその程度の値段が紳士服売場で妥当な値段でもあった。それを夏冬と季節の変わり目に二着ずつ買い足した。それで十分だと思っていた。

    しかし、他部署に移籍されてきた大先輩がおられて、私のことを色々と眼をかけてくださった方がおられた。その大先輩はその社内では大変に優秀な方であり、次期の役員が確実と言われた方で、あらゆるところに人脈を持っておられた。しかし、いくつかのご当人の私的な理由もあってその道を辞退された。その先輩と食事をご一緒させていただいた時の事。

    「そのスーツ何処で買った?」
    「○○ですが」
    「お前、そんな安いスーツじゃあ駄目だ。この名刺の店に行ってこい」

    そういって、一枚の名刺をくれた。洋品店の名刺であった。つまりはスーツをオーダーしろということであった。オーダースーツがいくらするのか?について、私は知識が無かった。とりあえず、財布に5万円ほど入れて、その店に向かったのを覚えている。そして、紹介された旨を伝えると、

    「話は伺っております」

    そう言われて、テキパキといくつかの生地を勧められた。そして、寸法やズボンの裾、ボタンの材質、裏地など、当時は知りもしない知識を色々と解説付きで教えられながら品物を選んだ。果たして、最後に値段を言われた。その時のスーツの値段が8万円だった。

    「8万?」

    「高いなあ」と心の中で思いながら、持ち合わせが足りない旨を伝えたら、払えるだけ置いていき、品物を受け取る時に残金を払えば良いと言われた。結局、半金の4万円を払い、後日、出来上がりを受け取った。そのスーツを着ての出勤日。

    「お、いいスーツ着ているね」

    と言われることが一度や二度では無かった。人は褒められて悪い気はしないものである。

    「どうだ?それぐらいのものを着ておく方が良い。気持ちも違う」

    その大先輩はそう言って、ネクタイとネクタイピンをくれたのである。

    その後もその店を含めて、いくつかの店を紹介され、身の回りのモノについてのこだわりを数多くアドバイスを受けた。まさにこれは私にとってはかけがえの無い財産であると思える。こういったことが金高だけでは無い豊かさの由来では無かったか。

    その後もその大先輩には、個人的なことでも、仕事のことでも懐深くお世話になった。女性にも人気のある方だったが、独身を通されていた。理由はいくつか漏らされたが、若い頃に大失恋の結果であると言うことを一度だけ聞いたことがある。深い関係になる女性がほとんど居ないとは言われていたが、常に、女性の影はあった。まさに、「ダンディ」という言葉の似合う二枚目だった。その後、その会社を辞めることになり、こっそりと会社とは別に送別会を開いていただき、過分な餞別までいただいた。感謝の念に耐えない。

    その後もその大先輩がお亡くなりになるまで、年に数度はやりとりがあった。しかし、私が再び転職し、日本をうろうろとしている間には、いろいろな場でその時のことを思い出しながらも、この教えを守れない生活もあり、今の姿を見たら、深いため息をつかれるに違いないとは思う。世間や社会情勢にその理由を求めるのは簡単だし、それが一般的な結論なのかも知れぬ。しかし、自分自身の不心得をそのような理由であると思ったら、それは後が無い状況であると言って良い。ここは心を入れ替えて、そこに墜ちてゆかぬようにしなければならぬ。

    SNSで話題になった件のスカイマークのサービスポリシーにせよ、いくつかの事件が連続したことも含めての格安のサービスに対する意見もそうだが、前述のような教えを受けていれば、その安さには何が「無い(亡い)」のかを考えるようになる。私は大先輩にアドバイスを受けたスーツについての一件を例にした。このスーツは確かに良いものであったが、量販店で同一の値段のモノを買えば、同程度の品質のものや一目でそれとわかるブランドの品物だって買えないことは無いのだが、私自身の体を見て、プロが判断をしてくれるというサービスも含めての対価としては十二分に価値があるものなのだ。その事について考えが至らない人が多い。

    その無い(亡い)モノ(サービス)について、どうしても必要であったり、自分自身でそれを求めると言うのなら、対価を支払って、それを享受すれば良いのである。何かが足りないから、対価が安くすんでいるのだ。そして、それが悪いと言っているわけではない。必要とされるモノやサービスは各個人によって違いがあって当たり前である。均一ではない中で何処を重視して選ぶかという「選択肢の広がり」であるととらえなくてはならない。日本の場合、均一である事が前提として考えがあるように感ずる。「ピンキリ」という言葉があるが、そのピンとキリの違いに対しての認識があまりにも薄い。良いモノを知らぬことでそれがわからないというのならそれは不幸では無いかと思うのだ。

    思い切って、良い服を買ってみると良い。その服は良い生地と良いシルエットで長くあなたの体を彩るに違いない。その間にそれ以外に買った他の服が次々と駄目になり、段々と着心地の良いものを選びたいと思うようになる。思い切って良いレストランで食事をしてみると良い。その行き届いたサービスと素晴らしい味わいの料理に陶然とする時間はどこかの格安のレストランで喧噪の中で詰め込むだけの食事とは違う。

    何事にも訳がある。お金だけでは無い付加価値があるのである。その訳を知ることが豊かさでは無いのか。私自身、それほど高年収というわけでもないし、何かに秀でていると言うわけでも無いが、貧しさで心まで貧しいと言うことにはなりたくない。「貧すれば鈍する」とは昔の人はよく言ったと思う。今の誰もが「貧」して「鈍」するような世の中だからこそ起こる状況や議論のような気がする。自分まで「貧」して「鈍」してしまいそうで、なにやら厭な気持ちになったのである。このような人々が増えるようではあまり未来が明るくないなあと思うのだ。

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