英語交じりで造語することが多いのが、日本人の特徴でもある。初代総理大臣の伊藤博文がなぜ初代の総理大臣になれたか?というと、能力が高かったというのもあるが、英語で届く外電が理解できるかどうかという基準もあったという話。日本人だから日本語以外は使えなくて良いという話では到底無くて、国際的な公用語としての英語が使えるに越したことはないのだが、そのことで英語があたかも使えるかのように、英語交じりの造語を作り始める。英語交じりの造語は何やら「エライ」と思われているということかもしれない。実際にはそんなことは全く無いのであるが。
ところで、この「Withコロナ」いつまで続くのか?と言われたら、少し前にも書いたように、特効薬なり、ワクチンなり、あるいは、具体的な治療手順なりが確定してしまえば、騒ぎになるようなことはあるまい。第二の波は訪れるのはほぼ間違いないところだろうと思える。「新しい生活様式」なるものがどのようなモノになるのか。今の所は見えていないが、外出を自粛し、そのまま進んでいくとすれば、いわゆる、第三次産業と呼ばれるサービス業。または、外食産業など多くの業界が逆風にさらされることは容易に想像できる。その結果、街の様子も大きく様変わりするのだろうと思われる。お互いに監視するような風潮も世の中には既に生まれており、その空気がどう考えても、社会生活を送る人々にとって、邪魔になってしまうということでもある。右向け右で何もかもを十把一絡にするわけではないが、物事はそう簡単に進むものでもない。ましてや、人の命や人生が掛かっていることでもある。軽々に判断したり、冗談で話をすすめるわけにもいかない問題である。
また、このタイミングで節目を迎えた人にとっては、大変な苦境であるとも思える。4月入社、4月入学というタイミングの人々にとっては、最低最悪の事態であろうし、来年それを迎える予定の人々にとっても、それはあまりにも大きな苦境でもある。苦境を苦境であると考えられなければ、解決することは出来ない。
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